有村架純と『ビリギャル』

 
   何にも縛られずのびのびと育った有村架純は自然にビリギャルとなる。
 
   禁止、或いは社会の圧力との遭遇を、彼女が強いられるところから映画は始まるのだが、しかし彼女はそれらとの間に戦線を張り抗戦をする道を選ぶのではなくむしろその内部へと飛び込み、自らを媒介としあらゆる硬直した概念に変化を与え、ついにはそのものと一緒になってこちらを魅了してしまう。
    
   プロローグ的に語られる荒唐無稽な彼女の幼少期において、母親は些か乱暴にも見えるやり方で、娘の環境を整える。そこにある教育方針とは娘の生きたい様に生きさせてやるというものであるので、娘の前に障害の影が少しでも現れようかというその刹那には、母親は駆けつけ、障害から娘を逸らす。そこに批評は働いていない。人間を構成する絶対と相対の微妙な混じり合いのうち、母親の方針における全比重は絶対の方にある。結果として娘の相対的位置が「学年ビリのギャル」となるのも、母親にとってさして問題ではなく、娘の絶対を信じて彼女はその方針を実行に移す。
 
   その結果として娘の絶対は、あらゆる反動的精神と無縁に育つことになる。このことは彼女の在り方において重要である。彼女は世界に広がるあらゆる具体を、出会ったままに受け止める。であるから彼女が成長し髪を染め、スカートを短くするに至ったのも、目の前にあったものをカワイイと彼女が思ったためにそうしているのであって、或いは彼女が全く勉強をしてこなかったというのも、単にそれをせずともやっていける状況(エスカレーター式の私立校)に彼女がおり、その上でそちらを選んだまでである。そしてそれら要素は彼女を「ビリギャル」と一旦規定するわけであるが、しかし彼女はその位置から殆ど自由である。彼女は「ビリギャル」であることに何物も負ってはいないし、殆どそこに縛られてはいない。彼女はその肯定の都度、不断に変化し続けうるのであり、変化を拒んでいるのは寧ろ彼女の目の前にある社会の方なのである。
    
   そんな彼女であるから、塾に初めて現れた際、そのへそを出したルックを下から上へとカメラが舐めるように映し出したとき、『え、つかガン見しすぎじゃね』と単純にツッコミ返すことでその視線の交換を対等なものにしてしまう。或いはテストでミスをし、塾生の前でそれが露わになったとしても、生徒の間に起こる笑いは、「すげえウケてる」と笑ってそのまま彼女の魅力となる。この時点で彼女は稀有な単独者であって、半ば聖人の域に達している。しかし逆に言えば少し浮世離れしてもおり、その魅力は絶対的であり相対的評価を待たないがゆえに、遠くへ広まってゆく力をあまりまだ持たない。彼女は彼女としてこれで充足しているとも言えるのだが、しかし彼女に与えられた「ビリギャル」という位置が、社会においてことごとく彼女への絶対評価を妨げており、社会の方でも彼女を不良と認識し放っておきはしない。
 
   社会はまず大学進学という一つの具体へ繋がるものとして勉学の必要性を迫る。ここで事を複雑にするのは塾講師の存在で、彼によって目標が「けーおー」に設定される。このことがプロットにある種のスポ根的性質を与えているのだけれども、しかしここで見逃せないのは、この塾講師の存在によって、彼女にとっての勉学というものが、「やってもよいもの」の方へとスムーズに位置付けされることである。結果として彼女は、「やらなければならぬ」と言われたがために、それに対して「やるか不良か」という姿勢をとりかねない勉学というものに、及びそれを通じてその先に垣間見える社会という存在に対して、ついに反動的精神を持つことなく、それを「やってもよいもの」として受け入れている。つまりビリからけーおーへの変遷においても、彼女は未だ何物も負ってはいない。この変化は余りになだらかに起こるので、例えば友人とカラオケに行き歌を歌うと同時に宿題をこなすといった両立を可能にする。この様を日々目の当たりにすることになる友人たちにとってはこの変遷はあまり自然でないので、彼女を勉学に集中させるため一旦遊びの方を中断する話が温泉の湯の中で出るのは相対的に見て自然なのだけれども、彼女にとってそれは最初驚きでしかない。であるから「私のこと嫌いになった?」という反応が出るわけで、その後会話を続けるうちに不意に彼女を涙が襲うのは、彼女の内で絶対と相対がひとつ独特な形で融合を始めつつあることを予感させる。
   
   続けて彼女に迫り来るのは勉学を経た先にある大学受験そのものであり、即ちそれは与えられる相対的な評価と向き合うことである。有村架純センター試験という名の社会存在に直面する。会場での彼女の不安げな視線は、人称不明の後頭部へと注がれ、それはそのまま振り返る彼女でしかない。初めて視線はバランスを失う。
 
   彼女にとってのテストというものは、未だ殆ど相対評価としては存在していなかった。学校でも塾でもそこで良い点数を取ろうと悪い点数を取ろうと、塾講師や母親や友人たちは、彼女を絶対的なやり方で評価し続ける。しかしそうした対面とは全く性質の異なる、得体の知れない大きな存在との対峙は、彼女のバランスを不可能にする。そして結果としての数字はどこからか唐突に郵送され、彼女は挫折すると同時に、反省する。
 
   通塾のために母親の支払った月謝の金額のことを思い、そのために母親の重ねる労働の時間を前に、夜の雨の中、声をあげ泣く。塾講師が担任と対峙する場面に出くわし、担任の振りかざす偏差値、確率といった数字が塾講師を襲う中、彼が一つの絶対を切り返してみせるその勢力を彼女は見る。相対的な成功へ固執する父親とその夢に挫折した息子を巡る殴り合いを前にし、おもむろに立ち上がり、父権の象徴とも言えるバスの窓ガラスを潔く叩き割る母親とともに、彼女は神の位置を定める。絶対と相対が混じり合い、一つの道徳となる。彼女のルックは変わる。そして彼女は全てを肯定し、透明になる。 
 
   スポ根ものとして、彼女は勝負に勝つわけであるが、そのことは重要でない。ビリからけーおーへの変遷は、プロットにおいて半ば約束されていた。ではギャルから透明への変遷はどうであろう?一体ここで彼女は、何を肯定するに至っているのだろうか。
 
   この映画は、魅了することで勝敗を異化する。勝負に負けた存在として有村架純に並置された野村周平の存在や、或いは勝負に負けたことでパンツ一丁となる担任、勝負に負けた父と息子の存在。しかし彼らは皆最後には透明で、なんだか大丈夫なのである。それは単独者たる有村架純が勝ち負けのルールを変えてしまったからであると言えるのだが、しかしそれは同時に映画が私を感化したためであるとも言える。『ビリギャル』という題とは裏腹に、彼女は一度もビリではなかったしギャルでもなかった。この映画も、一度として『ビリギャル』では無かった。それらは与えられた装いでしかない。そのルックはそうした一固有の具体を超えその先を思考していた。一歩間違えば勝ち負けを巡る好奇の目を集めかねない主題でありながら、そうして集まる視線を常に少しずつその向こうへと送り、むしろそちらへと招き続けた有村架純を、包むそのヴィジョンは魅力的である。
 
    『ちはやふる』『バグマン』といった、高校生が中心となる日本映画は『ビリギャル』の他にもあるけれども、それらは高校生の生の具体を描くということをどこか躊躇していた。実際前者からは競技かるたを巡る以外の彼ら彼女らの日常的時間がごっそりと抜け落ち、同級生との帰宅は描かれるにも関わらず、その先にあるべき広瀬すずの家は描かれず、家庭の様子は一度も画面に表れない。後者に至っては、物語上都合の良い親戚としての宮藤官九郎はあれだけ描かれるにも関わらず、他の家族や家庭の存在は全く現れない。小松菜奈は全て佐藤健と関わる以外の時間において全く画面に表れないがため真に生きていないも同然となり、表れる時には常に玄人の姿勢を維持して、そこには何の持続も見られない。
 
    個々の具体的事象を貫く一つの連続した持続を思考することなく、それぞれの勝負を切り離し、一々の勝敗によって何か意味を現そうなどと考えていると、人間に無理が生じる。有村架純のルックが変わり、彼女が役者としてどんどん透明になってゆくのは、「せねばならない」と「してもよい」の中間の肯定を作家が信じ、そこへと有村架純自身が役者として到達することによる。そうした人間と役者への信頼が、『バクマン』には決定的に欠けている。
 
    小松菜奈にひたすら愛している/愛していないを言わせ続けることしかし得ぬ『バクマン』。私はこれをみて小松菜奈が嫌いになってしまった。配られたプリントを回そうと振り返るとそこに澄ました顔の小松菜奈がいる。階段で見かける彼女も体育着姿の彼女も、街中の広告で見かける彼女とさして変わらずモデル的姿勢を完璧に維持し得ている。彼女は勝ち続けている。そのこと自体に問題があるというよりも、そのことに全てが懸かっているかのような姿勢が問題なのである。これは使われ方の問題であって彼女自身の問題ではないものの…  しかしそんな悲しみも、有村架純のことを思うと途端に呑気の気分と共に春の陽気が訪れ消えてなくなる。   ぼのぼのの単行本の帯に、有村架純の写真とコメントが載っていたことがあった。それはぼのぼの39巻でのことで、そこではスナドリネコさんは少しボケてしまうのだった。スナドリネコさんは少しボケて、クズリのオヤジもボケる。そしてぼのぼのは春を見に行く。
 
 
 
 

四つの夏

  

 

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 A.C by Adrian Tomine

 

    持ったニュアンスがどこか皆似ているのは、16mmフィルムの質感であるとして理解は出来るかもしれない。或いは風景も、やはり共通の、土地独特の色を持っている。にも関わらず蝉の声の聞こえるのがそのうちにひとつしかなく、しかもそのひとつというのが、冷房の効いたさむい室内を意識していたというのは、私の気になる所である。
 
     冷房の効いた部屋とともにやってくる夏というのを、欲しいままに味わい尽くすようになったのは、実家を出てからであるように思う。実家を出てから、というのは東京での生活を意味する。実家を出たのは大学二年生の春で、その頃にはもう、チルウェイヴはすぐそこまで来ている。
 
    東京以前と東京以後というのは、間違いなく、ある。幼い頃読んでいたいくつかの絵本のことを思うと尚更。記憶では、絵本作家の少年たちは、肌を黒や茶色に塗られて、泳ぐ魚と一緒に水に飛び込んだり、妙な姿勢で速く動き回ったりしていた。私も夏には肌を焼き、負けじと水に飛び込んだり、速く動き回ったりした。
 
   夏の熱気にさらされたカメラを持つ子供の運動、夕暮れに吹く風を、汗に濡れた肌が受けとめ起こる、清涼の実感を与えるひとつめの夏は、絵本の夏、故郷の夏だ。階段の手すりの、石の部分に、体ごと跨りその冷たさを享受するという経験は、ついに訪れなかった。しかし私はそれを縁側の冷たさと較べる。その冷たさを、体温はすぐ奪ってしまうことを私は知っている。或いは工事の音は、いまでも確かにこう鳴っているはずだし、夏の光、そこここに目に見える風は、今も昔もきっとこうなのだと思う。
 
   そこで四つめの夏だが、蝉の音が鳴りつつも、ここには不思議に暑さが無い。それは他でもない、神社は木陰に涼しく、室内には冷房の効いているからだが、それは終盤交わされる、冷房そのものに関するやり取りによって明らかになるものというよりは、閉め切った窓によって、はじまりから無意識のうちに、空気を調節していくものであるように思う。或いは服装にしても、ふたつめのように太腿があらわになっていたり、みっつめのように薄着のオフィスシャツが少し乱れていたりといった、女性のある種のプリミティブな姿はそこには無く、どこか涼しげな、エアー・コンディショニングの感覚が、やはりそこにある。
 
   こういう色々というのはどれが良いどれが悪いというものではなく、どれも夏なのだろう。これは感覚の話である。
 
   私はここ数年冬が来るたびに、「この冬はどうやっても明けない」 としか考えられない。その感覚がひとたび訪れると、来るべき春や、かつて間違いなくあったはずの春をも忘れ去って妙に鬱々としてきて、その反動かはわからないが、人知れず地球に接近し続ける隕石の存在の夢想を始め祈るように安定する。
 
    この話を会うたび友人にしてみると、全くその感覚はわからない、と返されることもあれば、或いは冬が明けない云々の所まではなんとなく私にもわかるが、隕石のこととなると、さっぱりわからない、そう言う人もいたりする。
 
    隕石の想像が、ここ数年の冬が持つ不思議な感覚を言い表すのに余りに不適切であることを知るたび、悲しくなる。私はまだ冬を掴みそこねているのだろう。しかしこの四つ目の夏を、東京の夏と名付けたくなる欲求は、少しある。神社と家とがドアトゥドアで繋がってしまうのも、私にはそれが東京の夏らしく思える。急転直下で退屈を感じ始める女性に、私は東京を感じる。これは感覚の話である。
 
 
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2016.3.12
 
みんなで映画のつくり方を学ぶために友だちに書き送る手紙 vol.1 
 
『どうでもいいけど』/ 佐々木 健太
『感光以前』/ 竹内里紗
『帰れないふたり』/ 竹林 宏之
『しじゅうご円』/ 清原 惟
 
 

青山カレー倶楽部のこと



   青山の映画館で働いていた頃は、朝10時ごろから働き始め、初回の入れ替えが済んだ時にはもう正午で、そこで昼食をとる。2分歩けばイタリア人のやるイタリアンがあり、少し歩けば大衆割烹の気の利いたランチがある。おむすび屋、タイ料理屋、蕎麦屋、うどん屋、中華、洋食、他にも多種多様な店々がバッと広がっていた。場所柄テイクアウトを求めるサラリーマンOLが多かったので、意外にどこでも落ち着いて食事をとることができ、昼食をとる時間というのが、労働に隣り合ってやってくるひとつの楽しみになっていった。
    初回の入れ替えをこなしていると大抵空腹を感じ始めるので、正午に向けて、「今日はどこまで行こうか」と接客をしながら気分をきめて行くのであるが、頭に浮かぶ候補の中に、遅れて名を連ねてきたのが他でもない青山カレー倶楽部である。


   「遅れて」とは言ったものの、二の足を踏んだのは私の方である。店は常にそこにあった。1分とかからない距離である。控えめな看板ではあったが、昼食をとる店を探して歩く私の目に、その名が入るのにそこまで時間はかからなかった。しかしその異彩を放つ風貌は、看板を睨んで悩む私に長いこと二の足を踏ませ続けた。見て分かるとおり、店は地下にある。何よりそれが大きかった。階段を上から覗き込んでみるもののそこからでは入り口も見えず、下りてみなければ様子はわからない。かといって下りたら最後、必ずや行かねばならないと、何やら妙な覚悟を要求する階段であった。


   ところで地下にある店というのは、時々物凄い仕事をするものである。


    階段を下りる時にはもう覚悟を決めなければいけない。現れる扉、カレーを出す店というよりはバーを思わせるその扉を開けると黒人の新鮮なシンセポップのようなものが聞こえ始め、そして目に入る、半円を二つ縦に並べたような、S字型のテーブル。店内はそのテーブルでほぼ一杯で、そのS字に沿って二箇所に立つC型の椅子も、座れるのは6人が限界だろう、とにかく店が規格外に小さい。


   「はい いらっしゃい」と、店主。
    写真を撮る隙などあるはずもない。初めて目にする形状のテーブルを前に、一瞬ためらいがうまれてしまう。店主は厨房の影から出てこないので、どこに座っても正解とは思えない状況の中とにかく狙った席につき、メニューを眺め、「ビーフカレーを…」と口にすると、すかさず「ビーフ今日おわっちゃったんですよね!」 、、、



















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    縦書きで横に三つ並ぶメニューの中で、恐らく一番数が出るのはこのビーフであって、油断しているとこのように「ビーフ今日おわっちゃったんですよね!」を聞かされる羽目になる。ビーフが終わっている時の返しのリズムはほとんど決まっていて、であるからビーフを頼む時には、今日はあるのか今日はあるのかと、その危ない一瞬をやり過ごすことが常に大切になってくる。店に行く時間を早めることで安心を得ようとしても、ビーフはその予測を遥かに上回るやり方でどこかへと無くなってゆき、最早「前日から既に無かったのでは」と思わず訊き返さずにはいられないような時間から、店主の切り返しは変わらぬ爽快な調子で飛んでくる。


   初めての来訪で準備が出来ていなかった私は、注文時にはほとんどビーフカレーの気分になってしまっていた。そのため残りの野菜 シーフードの二択を前に、よっぽど店を出ようかという気持ちにもなったが、どうもそれは許されないような気がしたので大人しく野菜を注文する。


   直ぐさまフォークとスプーンがナプキンに包まれ運ばれる。付け合わせがくる。きゅうりの浅漬け、福神漬け、らっきょうに、パイナップル。そしてカレーの到着である。付け合わせとカレーの乗るのは深い青から茶へグラデーションしていく揃いの皿である。そして食べ始めた頃に、サービスのオレンジジュースが届く。
    そこまでがセットである。ビーフのときもあればシーフードのときもあったが、いずれにしても、ひとつの完全なリズムがそこにはあった。それに応えるかの如くに、カレーを食べる私の手は、日増しにカレールーと白米のバランスを探る。カレーはそれなりに辛いのでサービスのオレンジジュースは嬉しい。辛さのやってくるペースに合わせて、オレンジジュースのバランスをとらなければいけない。


    食べ終わり、会計のタイミングを伺う。店主は相変わらずキッチンの影に隠れているので、呼ぶか、そちらに向かうかの二択であるが、ここはそのまま向かう。「ごちそうさまです」「はい ○○○円ですね」


店主は必ず「ですね」という。この手のカレー屋に共通するあの口調である。そして1000円を差し出すのをほとんど見越してお釣りを既に用意しているので、不用意に小銭を出そうものならその分だけリズムが崩れる。
   お釣りを受け取り店を出るとき、振り返って「ごちそうさまでした」
すると店主は丁度カウンターをくぐって客席の方に出てくるところで、下がった頭の後頭部から「はい ありがとうございます。」
私は店を出、食器は片付けられていく。 残るのは爽やかな余韻ばかりである。
  

   カレーを求める気分が消えぬばかりに二日続けて行くということもあった。何度も通っているうちに、たまに他の客に遭遇して異様に興奮することもあったが、大抵小さな店内には、私と店主のふたりきりだった。


    そうこうしているうちに五年近くの月日が流れ、六度目の年が明けた春。件の映画館を辞めてから既に一年ほどが経っており、このあたりで昼食をとる機会もなくなって随分になる。別件で久しぶりに近くを訪れた際そうした懐かしい記憶が蘇り、かつてのように地下への階段を下り、懐かしいドアを開けにかかる。というところで唐突にある紙に遭遇する。


   この店は結構な頻度で、誠に勝手ながらお休みするということが多々あった。「ビーフが無いにしたって、まあ野菜が無いなんてことはないだろう」などと安心しきって、少なくともカレーが食べることができればそれで良いと、すっかりカレーの気分を用意してしまっているので、そういう日は思わぬ不意打ちに手持ち無沙汰になる。カレーを食べずに戻る階段は、空腹も相まっていつもより足にこたえる。

















   ところがこの日はいつものそれとは違った。それともまた違ったのだ。























(写真を一番下に載せておきましたよ)




















    もう二度と、この扉の先へは行けないのだと考えると、このような時が来ることを想像すらしていなかった私は、果たして今迄すべての瞬間を、一瞬一瞬本気で生きてきたのだろうかとえもいわれぬ不安に襲われる。このようにして書いているうちにも、全ての記憶が過ぎ去っていきはしまいかと、涙が出そうになる。カレーが乗っていた皿の色は、果たして私の記憶通りの色をしていただろうか? あの店主。彼はこの紙に書かれた別れの言葉を書きながら、彼の28年をひとりで振り返ったのだろうか。そのとき彼の頭をよぎった光景に、そのどこかに私の姿は少しでもあっただろうか。


    しかし今思うのは、この張り紙のあるうちにここへ来ることが出来ただけでもまだ良かったのかもしれないということである。この張り紙にすら遭遇することも出来ず、しかも遭遇出来なかったという事実をすら知らずに過ごすということも、場合によっては起こりえたのだ。この紙があるうちは少なくとも、青山カレー倶楽部の終点のようなものが、この世に存在していることになる。始まっているのか終わっているのかも判然としないわたしの中で、終点によって固定された28年という歳月が静かに輝いている。この終点すらがこの世からなくなる時のことを考えると私は悲しくなるけれども、しかしあの地下への階段を引き継ぐ権利と責任は私たちにある。












THE WALK

 
 
 
 
    明るくなった映画館を後にし、エレベーターに入って扉が閉まる。
 
    体が下がり始めたその瞬間視線は自然に下へと向かい、そこに自らの足のあるのを見る。
 
    その瞬間から強烈に自分の身体の一部として脚が意識されはじめ
 
    エレベーターを出て歩き始めようという時、歩みは綱渡りを真似ている。
 
    映画をみたはずみに歩き方が変わってしまうというのは、ごく稀に、起こることではある。より説得力のある(かもしれない)例として、ロベール・ブレッソンジャック・タチの作品がある。ただそれらとは異なり、この『The Walk』では、ジョゼフ=ゴードン・レヴィットの歩く姿を、殆ど見た記憶がない。

    ジョゼフ=ゴードン・レヴィットは、果たして地上をどのように歩いていただろう。日常的な歩行、両手を振り両脚を交互に前に出す、そういう意味での彼の歩く姿というのは、この映画においては巧妙に排除されていた筈だ。
 
    まず彼はその役の性質上、常に大掛かりな商売道具を抱えていなければならない。そのため手は常に塞がり、日常の歩行の様子も、歩いているというよりは、どこかからどこかへと単に移動しているだけといったものになっていた(或いは商売道具の一輪車に乗り「移動する」)。
   また、未来の恋人となるであろう女性を口説く場面では、彼は自前の商売道具に加えて、雨避けに大きなパラソルを担がなければならず、そのため二人並んでの歩みは即座に終了し、彼はすぐさま彼女を食事に誘うのだ。
    世界貿易センタービルを念入りに視察する場面のみがほぼ唯一、彼が地上を(変装することで)自由に歩き回ることが出来ていた時間であったのだが、しかしそのつかの間の歩みも、落ちていた釘を踏むという、全く不運としか言いようのない出来事によって中断されてしまう(傷は、クライマックスのパフォーマンスには何故か全く影響を及ぼさない。と共に、視察中の彼が松葉杖をつき、或いは車椅子に乗り、意気揚々と「移動」していたというのは忘れられない)。
    こうして一般的な名詞としての Walk は悉く排除され、代わりにある種固有名詞に近い The Walk が際立つこととなる。彼が歩くためには、とにかく商売道具を設置し、綱の上へ足を踏み出す必要がある。
 
    ブレッソンやタチが、「そういうものだ」と言い切って実践していた独特な歩行形態に似た感覚を、鑑賞後の私に与えた歩みというのが、物語的な主題として、綱渡りという機能的かつ美学的に高められた The Walk として遠回しに実践されていた、というのはゼメキスの密かな狙いのあるところかもしれない。
    その試みは確かに、最終的に物語的成功に回収されかねないものである。しかし見世物としての綱渡り、世界貿易センタービルの間を渡るという、見世物としての The Walk を見せるという欲求が、果たしてこの監督にあったのかは少々疑わしい。とにかく実現されるその足の運びのみが、慎重に前へと足が出されるということ自体のもつ緊張感と美しさばかりが、目にしたものの大部分であったはずだ。
   少年時代のジョゼフ=ゴードン・レヴィットがサーカスに潜り込み綱渡りを見るという場面においても、ライトアップされたパフォーマーと彼の綱を映す引きの画こそ入るものの、少年が座席に着いて綱渡りを見始めた瞬間から、綱渡りは足先の運動のみに限定される。
 
   何故であろうか。
 
   憧憬は消え去り、綱の軋む音ばかりが聴こえる。
 
 

ある散歩について

  

 少し前のことではあるが、7月16日、安保法制が衆議院本会議で可決された日、確か東京はまだ暑かったのではないかと思う。私はじっさい国会議事堂周辺が気になったので、散歩していた。ところが気がつくと汗ばんだ人の波に呑まれ、道路を直射する照明と規則的な打楽器に頭をやられ、仕方なく顔を盗み見る。その後はただただ煙草を吸うことだけを考えていた。
 顔を盗み見た幾人かの中で、とりわけ大きな声を出していた人達は皆一様に黒々と笑っていたような気がする。私の記憶ももう曖昧になってはいるが、しかし確かにその口からは白い歯が不気味に光っていた。
 「民主主義ってどんなだろう。これが民主主義だ。」
 そのような意味の言葉がカタカナの言葉で聞こえてきた。
 奇妙な連帯。これはなんだ。敵を得て初めて正当に認められた、それが故に生き生きと、行使される暴力としての思考停止ではないのか。

 私は自らの信じられる答えを選択したい。しかしそのことを望めば望むほど、それと同時にどこまでいけばわかるのか、というところがわからなくなってきている。私には安倍晋三が打倒すべき敵であるのかさえもよくわからない。わからないというのはつまり、思考がまだそこで停止することを許さないということである。真の意味で、自分の頭で考えるというのはこうした変わり続ける思考を要請するはずなのだ。自らの思考停止を何より恐れるのであれば、わかるという形での終点は決して存在してはいけない。

 全能の知性が、ついに完全無欠たる思考の終点に到達し得たとする。果たしてそのようなことが有り得るのか、仮にそれが有り得たとして、しかしそうするとその思考とはそれ以上なにひとつ発展することのありえない思考を意味するのだから、その時思考は「あっ」とでも声を上げて死ぬほかない。

 このような止まることのできない思考は何も生まないと人は言うかも知れない。確かにそうだ。現状において私は、何ひとつをわかることのできない、どちらの勢力にも加担出来ない、ただの役立たずなのである。こうなると私の頭はもう、動いても動いてもそれらの運動と全く交わることのない軌跡を描き始めて手に負えない思考を再装填する。

 

「『息を殺して』について」について

   私の表明した立ち位置とは裏腹に、「『息を殺して』について」が読まれれば読まれるほど、そのことによって件の映画は自らの知名度とそれがもたらした知的欲求を証明するという形でくるりと反撃の姿勢を構えて私に向かって迫りくるように思える。万が一私が映画について文章を書くことを生業にして生きている立場にあった場合、私の財力は殆どが私の努力如何とは無関係に、対象に取る映画の存在次第で変わってくることになるはずで、そうするともう働いているのは私というよりもその映画の方であるようにも思えてきて、そんなありがたい存在を半ば否定するような強気な記事などとても書けないぞと弱気な人間が、突如自分の中に生活を始めたことに気付いて愕然とする。
   「これはいかん」とその逆転を立て直そうとする。しかし万が一にも私の書いた記事によって件の映画へ攻撃の手が強まり、そして間接的に手を下した張本人の私がその映画の知名度とそれがもたらした知的欲求の大きさに応じて金を受け取るなどという事態を想像するとき、勝負に勝ったように見えてその実、「見られる」という自己の労働を全うした映画に労働を奪われた私は殆ど自らの文章を乗っ取られ、私が記事に刻印したとばかり思っていた労働の証のようなものもぐらりと怪しくなってくるのだ。こうなるとどちらがどちらを乗っ取るかという争いになってくる。

    しかしどうして本来は愛し合ってもおかしくない筈の両者がこのように殺気立った目でお互いを眺めねばならないのであろうか。或いは見せかけの連帯の名のもとに、批評が映画を前に無限に舌舐めずりを繰り返すといったような。
    映画には批評が足りておらず、批評には映画が欠落している。現在には過去と未来が足りておらず、過去と未来からは現在が欠落している。本来それらは地続きでひとつの連なりを表すはずで、そこにようやく作家が現れるのに