饒舌さについて

 私は今イタリアの色事師、カザノヴァの回想録に熱中している。人生で彼が歩んだ道のりを、その出生から遡るとともに、その過程で出逢った実に多種多様な女性たち、そして彼女たちとのドラマを、実に豊かな語り口でこちらに披露してくれる。

 このカザノヴァの饒舌さは本当に凄まじく、とある魅力的な14才の娘について語る際などには、「どんなに熟練した水先案内人でも難破せざるを得ないような二つの岩礁」として、彼女の胸元からのぞく幼い乳房を描写するなど、とにかくこのペースで全6巻も語り続けることができるのか?と不安になるほどである。

 ところで饒舌さとは、具体的にどのように定義できるであろう?それは人を形容する際には、「口数の多い」という意味をなすが、それが小説を形容する際には?そしてそれが映画を指す場合には?

 その答えは恐らくひとつではなく、またひとつに限定するべきことでもないであろう。ただひとつわかるのは、饒舌であると思われる作家や映画監督のリストは、そのまま私の好む作品のリストを呼び出すことになるということと、そしてそこに名を連ねる作品は、どれもとにかく私を「楽しませてくれる」ということである。