読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

BFG

 
ロアルド・ダールを前にすると、常に狂人ギリギリのラインでせめぎ合う自分を感じる。BFGがそこにいることを確信してバルコニーから飛び降りるルビー・バーンヒルの方へと接近するのならそれだけ、あらゆるカットの間隙を、恐怖がその姿を隠しながら走り廻るのが見え始める。
 
子供から尋ねること無しには存在することのなかった世界であり、同時に子供から尋ねられることによりその要求に応じてその都度不断に全体を新たにしていく世界である。この奇妙な感覚は、見ることと存在することとの間に横たわる得体の知れない不通線を前に、感じる戸惑いと似ている。
見知らぬ島へ父とやってきたぼのぼのが抱く「この島は夜も同じようにこうしているのだろうか」という問い、或いは寝たふりをしながらうすく目を開け父を見ていたら、自分が眠ったあとの世界で、父が突如として寂しげに見え始め、いつの間にか悲しみが、途方もない勢いで膨らみ始めるぼのぼののあの感じ方は、ちょうどロアルド・ダールとは反対の方向から互いにその振り幅を狭めながら、ついには同じ一点へと限りなく接近する。
 
そうなった時に、スピルバーグに課された仕事というのは、不眠症の少女を現実と夢の間から呼び出すということになってくるわけで、その点ルビー・バーンヒルには絶対の支持を送りたい。これは好みの問題である。
彼女を前に、スピルバーグは幸福と恐れを感じているのではないかと思う。ぼのぼのがどのようにして終わりを迎えるかという問題は間違いなくあって、BFGが少女と巨人の乱暴なカットの繋ぎで幕を閉じるように、それは自ら進んで幸福な顔を浮かべながら、ボケたふりをした老人のように平気でのっぴきならないところへと向かっていくに違いない。